信州お薦めスポット #17

海と山の命を繋いだ、縄文からの道を辿る旅〜Part2〜

【武田信玄が切り拓いた軍用路と小川路峠】
元亀三年(1572)信玄は遠江・三河を攻略するために軍を三方に分け、信玄自身は小川路峠から青崩峠を越えて天野氏の犬居城に入りました。甲府から浜松へは、富士川沿いに南下するか、伊那から新野峠を越える後の三州街道もあります。信玄があえて青崩峠越えを選んだのは、道沿いに大きな勢力がなく、遠山氏・奥山氏・天野氏を押さえれば容易に通過できるメリットがあったからといわれています。信玄は進撃のためにみずから道を押し広げたようです。 江戸時代になって秋葉街道や中馬街道が信仰・通商道として栄えた背景には、このような戦国大名たちの軍用路が基になったようです。

秋葉街道の脇道の一つとして、峠を越えたその先は遠山郷上村小学校と松尾小学校との交流がある飯田市松尾で中馬街道と交わります。秋葉参りの参詣人ばかりでなく、遠州方面からの善光寺・御嶽参りの参詣人で賑わったようです。

一説には遠山氏が小川路峠を開道したといい、信玄が通り、近代に入ってからは教職者らが峠を超えて遠山郷の地を目指しました。あまりの道の大変さに辞職する者がでるほどで別名辞職峠とも呼ばれたらしいです。飯田からの一日がかりの唯一の交通路。その一番の難所は峠を挟んだ越久保から上町まで約20km、標高差1000m近くで その距離により五里峠とも呼ばれていました。
長野県下伊那地方では、秋葉大権現(火の神)と金毘羅大権現(水の神)がともに祀られる場合が一般的です。

【分杭峠】
高遠藩が南側の天領との境界に杭を建て目印としたことに由来する峠で「従是北高遠領」の石碑があります。現在の長野県伊那市と下伊那郡大鹿村との境界に位置する標高1,424mの峠です。浜松市の秋葉神社へ向かう街道として古くから利用された秋葉街道の峠の一つです。
最近はゼロ磁場のパワースポット巡りとして有名になりました。秋葉街道は西日本の地質を内帯と外帯に二分する中央構造線の断層谷を利用した街道で、峠は中央構造線の谷中分水界にあたります。
日本最大、最長の巨大断層地帯である中央構造線の真上にあり、2つの地層がぶつかり合い「エネルギーが凝縮するゼロ磁場で、世界有数のパワースポット」とされています。2009年にテレビ・ラジオや雑誌で分杭峠のゼロ磁場が取り上げられ、分杭峠に来る観光客が急増しました。シャトルバスが頻繁に高遠側より運航しており、マイカーは麓に置いて急坂を登ることになります。科学的に解明されたものではなく疑似科学の一つと見なされていますが、地元の人によると歩けない人がついには杖無しで歩行が可能になったと聞きました。

海と山の命を繋いだ、縄文からの道を辿る旅〜Part1〜

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